井上広淳 近藤誠司 花岡里仲 長岡絢子
井上広淳
明確な夢や目標を持たずにここ10年近く生きてきた私であるが、人から尊敬されるような人になりたいという思いはずっと持っている。この自啓共創塾で、そのような人間になるために必要なことは、圧倒的な知識や技術だけではなく、高い人間性だということを再確認することができた。自啓共創塾では、その高い人間性を手に入れるためのきっかけとなりそうなものを大きく分けて2つほど学ぶことができたため、それらを紹介する。
1つ目は、「他者の意見を“対話”を通して柔軟に受け入れ、自分のものにするという姿勢を持ち続けること」である。この塾では、様々な年齢の方々との“対話”を通して、自分の考え方を磨くきっかけを常に与えられていた。これまでの生活では、同年代でかつ似通ったバックボーンを持つ学生と“議論”することが多かった。学生が集団で話すときは、多くが白熱した“議論”となり、お互いの考え方を競わせて答えを求めることが圧倒的に多かった。“議論”は限られた時間の中で答えを一つにまとめないといけない時には必要なことではあるが、他人の意見を柔軟に取り入れて持論を磨き成長させることは難しい。真の目的を見失ってしまうことも少なくない。しかし、この自啓共創塾では、年齢が離れた人が多い環境で、その方々の意見を“対話”を通して楽しく受け入れ、自分の考えにそれを取り込むことができた。自分と異なる考え方に興味を持って、自らそれを精査し、それらを取り入れる過程は元来好きなはずであるので、これからは更に意識して続けていこうと思う。
2つ目は、「一見興味が無さそうで、利益に繋がるように思えないものにこそ目を向けること」である。塾の教材や話題提供の中身は、身近な題材を入り口において、そこに秘められた日本のこころを探っていくような構成になっていた。歴史学は中学生になってからあまり深く学んだ記憶がないため、最初は興味が薄かったが、こんなにも面白い世界が待っているとは思わなかった。表面的、短絡的にみたら繋がっていないように見える日本のこころが10年、20年の未来の自分の人間性に表れると今では確信している。これは今大学で研究していることにも言えることで、一見業種と研究内容は程遠いもののように見えるが、いつかこの経験が必ず身になると信じ続けている。自分が興味のあったものや生きてきて自然に接してきたものに囚われず、また直近の利益にのみ縛られることなく、方々にアンテナを向けて生きていきたいと思う。
他者の意見を聞き入れて自分のものにすることができて、また自分の専門分野以外への造詣も深い人間になりたい。狭いところに固執し過ぎず、広い視野を持った人間性を手にいれようと意識することでその目標に近づけると考える。
近藤誠司
自啓共創塾での学びは、これまで漠然と興味を持っていた仏教や儒教の世界から、神道、禅、歴史や偉人、マンガや食、言語などの文化、脳とAIに至るまで、日本のこころを広く深く考えさせられるリベラルアーツのシャワーであった。話題提供者の鋭い知見と多様なメンバーとのグループでの豊かな対話を通じて、また、五感塾にも参加し、自然と歴史、地域を実際に肌で感じる中で、「日本のこころ」を鍵として、社会の様々な側面を広く、より深く探究する機会となった。
この学びを通じて、自分が「知らない」ということに改めて気づかされた。また、「イノベーション一辺倒」や「株主・金融資本主義」といった現代の価値観には修正が必要だと改めて感じた。現時点での自分なりの「日本のこころ」は、「一つの天を考え、日常で周囲と共有し、実践する」ということではないかと考えている。キリスト教と武士道、仏教や儒教など、それぞれに優れた知の体系があるが、大きな一つの天のもと、各々を習合し、世の中のために利他の心をもって現実に働きかけることで、日本のみならず、世界の未来を創ることにもつながると信じている。
まだまだこれは現時点の浅い到達点であり、さらに日本のこころを理解し実践するためには、学びが足りないので、今後も学び続けていきたいと思う。読んでみたい本や理解したい知識・考えがまだまだたくさんある。十七条憲法の講義で、神田先生から「本当の和とは自己が成り立ったうえで周りとつきあう」という教えを受けた。自己を確立するために、学び続けたい。
自分が学ぶだけでなく、学びの場に参加することで、自らの感性を高めるとともに、学んだことを実践し、自分の日常の行動に結びつけたいと考えている。そしてゆくゆくは学びを広げることにもチャレンジしたい。日本には寺子屋、藩校、郷村教育、郷中教育など優れた学びの場があり、今も学びに取り組んでいる様々な活動がある。「日本には日本のこころがあり、優れた学びがある」。そのような未来創りに自分なりにどのようなことができるか考え、実践していきたい。
花岡里仲
学べば学ぶほど、日本のこころの奥深さや、応用範囲の余地に興味が湧き続けました。武士道で体現されるような、毅然とした、自分にも他者にも誠実と胸張れる生き方をしていきたいと改めて決心しました。
モノ・コト・ヒトの混沌さを受け入れ、何ならそれらを愛しむ粋さを持ち続けていきたいと思います。
なお、塾での学びが始まった当初から、心密かに「この場では、自分の考えを安易に収まりよくまとめず、泥臭くもがきながら自分の考えを持ち、伝え、そして周囲の人の考えを聴き続けよう」と決心しておりました。その決意が、自分なりに守り切れたことは誇りに感じております。
今後は、自身の学びとして記憶に留めるだけではなく、普段の仕事や他の活動でもどのように日本のこころを織り込んでいけるかを考え、(中長期であわよくば)その実践する様から、周囲の方々へ気づきをもたらせるような人間になりたいと思います。
塾生の皆様、事務局の皆様、素晴らしい学びの機会をいただきまして、ありがとうございました。
長岡絢子
私は、これから先の日本において、人の善性を信じられる社会、相互の信頼関係に依拠した関係の成り立つ世の中であってほしいと考えます。それは互いがすべてを分かりあえなくても断絶せず、存在を根本のところで否定されない関係で成り立っていける世の中です。そこで大切なのは、多くの人がより良い個人として生きようとし、人との繋がりの中で何を大事にするか優先するかの共通理解を持つことです。特に、リーダー層において日本型リベラルアーツを習得することによって「日本のこころ」を体現することが先に述べた世の中を作っていくにあたり不可欠だと考えます。
私は、日本郵政という全国津々浦々に拠点をもち、企業活動を営みながら高い公共性を求められる会社に勤めており、主に本社幹部候補者向けの人材育成の仕事に従事しています。日本郵政はまさに「公共資本主義」を志向する企業グループといえます。旧さと新しさが共存する困難の中で、会社の経営を牽引していく人材を育てていくことが求められています。この国に住む人の幸せに貢献するためには、技術革新、生成AIの駆使といった最新の専門智の習得ももちろん大切ですが、会社をリードする立場の人間が、統合智として日本の長い歴史の中で蓄積されてきた教養や倫理を身に着けることが必要だと考えます。
私は、今後、人材育成を企画するにあたって、最新の潮流を踏まえつつも、自啓共創塾で学んできた古典や、歴史、先人の知恵を取り入れていく形で「日本のこころ」を持った人材の輩出に幾許か貢献できればと願っています。そして、私自身も、より良い個人として生きていくための知恵と倫理を追求すべく日本型リベラルアーツを学び続けていきたいです。